71.なぜヒトは枕をするか・・・
哺乳類で二足歩行をするのはヒトだけである。ヒトの祖先は化石人類と総称され、 猿人ー原人ー旧人ー新人の順に進化して現代に連なっている。猿人は三百万〜百万年前ほどの化石人類で、大正13年(1924年)南アフリカで化石が発見された。頭骨の大(後頭)孔の位置や腰部の骨格の構造から二足歩行で前肢を自由に使っていたと想像される。爪も牙も力もなく、妊娠期間が長い、赤子の成長も遅いなど生活環境が他の動物に比べ極めて不利な条件でありながら生存しかつ繁栄ができたのは、二足歩行のお陰である。二足歩行は体型を変えサバンナでの視野が広がり、両手で道具を使う、食料を運ぶなど他の動物と異なった行動ができるようになると共に脳の発達に寄与したからである。猿人はおよそ身長120?、脳の容積450〜600??くらい、原人はおよそ身長150?、脳の容積800〜1100??、旧人では脳の容積1300〜1600??と現代人に近くなっている。
二足歩行による体型は四足歩行の動物や類人猿と比べると
●歯槽が前後に短く放物線状(類人猿はU字状)で後頭部、側頭部が発達して丸みが ある。
●脳の続きである脊髄がとおる大(後頭)孔は頭部下面の中央部近くにあって、脊椎 は直上に頭部を支えるように連なっている(四足歩行動物の大(後頭)孔は頭部下面 の端に近く、脊椎は斜めに入って頭部をぶら下げるような形となる)ので二足歩行には好都合である。
●脊椎はゆるやかなS字状(四足歩行動物は内臓の重みをさげるのでアーチ状)になって体重を弾力的に支えている。
●骨盤は上体を支えるために横に広く、発達した筋肉がある。
●膝が真っ直である。
などがあげられる。しかしこれらの体型で横になると地上では頭の部分が低くなるので、枕あるいは枕に類似した機能をもった物が必要となったと想像される。敷ぶとんがなく床上に寝た時代でも、枕が必要であったことがうなずける。これは現代でも同じである。

72.枕の発想のはじまり・・・
最初は枕のなかった時代があったことは確かである。その後、枕がいつ、どのようなきっかけで使われ始めたか、興味があるが説明された確かなものは見当らない。中国の学者郭白南も「文献もないので推測しかない」と書かれているのを見ると世界には同じようなことを考えている人が結構いるようである。
ヒトの祖先の体型からみて、猿人の時代(300〜100万年前)と想像されるが、これもはなはだ不確かである。これは猿人の脳の容積は現在のゴリラの脳の容積(400〜500??という)より大きいこと、体重比から見ると脳の容積は更に大きくなることからの想像である。このような見方をすると、100万年〜50万年の原人が枕を使用していても不思議ではないような気もする。
化石人間と呼ばれているヒトの祖先が長い間の生活様式の移り変わりの中で、幾つかの偶然から枕あるいは枕のようなものを考えついたものと思われる。つまり

1、自分の腕を曲げたり、他人の膝や体の一部に頭をのせると、具合よく寝られることを知った。このようなことは現代でも見られることである。
2、自分の腕を長時間していると腕がしびれるので、身近な草、木、石などの中から適当な大きさのものを選んで枕とした。
3、少し傾斜した地面では具合よく寝られることを知った。これはハンモックで寝た時には枕がなくても頭部を高くなるのと同じである。
4、偶然、頭部に枕のようなものが当たって、具合よく寝られることを知った。
5、枕のようなものがあると、寝返りがしやすい。
6、周囲の音が聞きやすくなる。戦国時代、不意の敵襲に備えてよく聞こえるようにとえびら(矢筒)を枕とした。
などが想像されるが、それがいつの時代からなのか興味があるが、大変難しいことでもある。枕の化石はまだ発見されていないようで発表されたものは見当らない。
73.枕の大きさについて・・・
昔から使われていた詰め物枕のほとんどは坊主枕(くくり枕)と呼ばれた丸型の枕であったが、昭和下期からの寝具の洋風化やベット・マットレス・フォーム類の普及から丸型の枕は少なくなり平型(洋枕)が多くなった。
昭和32年〜35年の長野県での調査(信州大 太田久枝氏)では、坊主枕は児童で76.8%、成人では都市で88.8%、農村で75%であったから、丸枕から平枕への変化は急速であったといえる。現在では丸型の枕を販売店で見ることは少なく なった。
枕の長さは江戸時代の箱枕や撥形枕につけられるくくり枕に見られるように、20〜25?でも寝られるが、この場合は髪型の保持を優先していたので、寝返りも不自由、寝心地もよいとは思われない。前記の太田久枝氏の調査では成人の枕の長さは平均33.4?、昭和37年広島県の調査(広島大 児玉松代氏)では、40?(前後8.9?増減)と報告されている。現在では丸型平型ともこの時代よりは長くなっている。選択に当たっては長さは肩幅に10?以上を加えた長さがよい。眠る時ぐらいは多少
寝相が悪くても心置きなく眠りたいものである。現在販売されている枕の多くは50?以上あるので心配はない。幅は昭和37年の調査では成人では20〜32.2?であったが、現在ではやや大きめが多い。詰め物によって差はあるが、およそ第7頚椎骨から頭頂までの長さに5?ほど加えたくらいがよい。羽毛・パンヤなど柔らかい中材の場合はソバがらなどの中材の時よりは大きくてもよいが、大きすぎると座ぶとんを重ねた端に頭を置くような形(ちょんがけ型)になるので寝る姿勢も悪く、寝心地もよくない。
高さは枕の寸法の中で最も留意すべきところであり。枕を使用しての良否は高さの適、不適によることが多い。枕の高さは、枕がなくてもねられる人、低い枕や高い枕の人、慣れた枕でなければ寝られない人など、個人の体型・寝姿・習慣・好みなどの差と共に、敷ぶとん、マットレスなどの弾性の強弱や沈みの大小などによっても差が生ずる。  
仰向けに寝た時の体圧の分布は平均体重の人で、およそ臀腰部に40%、肩甲部16%、踵部で4%、頭部5%と集中するので、敷が柔らかすぎると体圧の分布から寝姿はWも字のようになる。枕をした場合は頭部の圧は枕の凹みで吸収されるので枕そのものの沈みはない。従って敷が柔らかいほど同じ枕でも使用時の高さは大きくなる。ハンモックで寝た場合には枕が不要になるのと同じ理由である。
枕の高さについては『「枕を高くする」と安眠はできない』のところで説明した通り、自分の体型、寝具(特に敷)に合ったものを選ぶべきである。
74.枕の詰め物に必要な特性・・・
固さ 枕は柔らかすぎると高さの安定性を失うし、周囲から頭側部への圧迫もあって寝返りもし難く、寝苦しいものとなる。しかし特別な目的がない限り、石や木では高さは安定しても多くの人には固くて痛い思いをする。やはり枕には適度な柔らかさは必要である。
吸熱・放熱性(熱伝導性) 昔から頭寒足熱といわれているし、学者の研究で証明もされているが、頭頚部が温かすぎると寝苦しくて安眠の妨げとなる。枕と頭頚部との間の温度は体温より5度〜9度ほど低いのがよいとされている。常にこのよい温度状態であるためには枕の詰め物は吸熱性があって更に放熱性のよいもの、つまり熱伝導性のよいものを選ぶべきである。
吸湿・放湿性 頭頚部がむれては寝苦しい。従って睡眠中の不感蒸泄(常時皮膚から発散している水分)や発汗による水分を吸収しつつこの水分を空中に放散させる作用があること、そしていつも快適な湿度状態が保てることである。一般に植物性や動物性の天然素材には具わっているものが多い。
通気性 放熱性、放湿性とも詰め物の間の空気の流れがよいほどこの機能が発揮される。小豆・ソバがら・もみがらのような粒状の素材や、羽根(フェザー)・わら・いぐさのように粗目になる素材は素材間の接触面積が少ないので空間が多く通気性がよい。
その他使用時のよい感触、詰め物の音が小さく、不快でない、破細しない、異臭がないなどがあげられる。
75.枕の詰め物の種類と特性・・・
これまで枕の詰め物として使用されてきたものは多い。私の研究室で保管されているからものだけでも130種類、300品種ほどがある。ソバがら一つを見ても殻の大小、三枚がら、一枚がら、三枚がらと一枚がらの混合したもの、厚い、薄いなど品種・産地・ソバ粉の生産工程の相違などで差がある。最近のソバがら枕に虫がついているのに、100年以上前のソバがら枕に虫害が見られない。これなどは江戸時代〜明治上期のころには石臼でひかれた一枚がらであり、残留する粉がないことなどが原因と思われる。
詰め物として広く使用されている代表的なものについての各々の評価は次表のようになる。 省略
76.枕の主役ソバがら・・・
枕の詰め物の種類は多いが、古代から現在まで最も長く最も数多く使われているのはソバがらである。多くの人が経験によってそのよさを知っていたからである。
ソバはタデ科ソバ属の一年草である。原産地は「アジア大陸中心部の内陸山岳地帯」といわれている。発生は紀元前4000年〜2000年ころで日本には約3000年前の縄文晩期に渡来して栽培されたものと推測されている。
普通ソバ、ダッタン種など数種類のものがあるが、日本、中国、アジア諸国、東部インド、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカなどの産地での種類は「普通ソバ」が主である。草丈30〜60?で葉は心臓形で夏から秋にかけて、白色またはピンク色の小さな花をつける。種実は三稜形でこの種実から白色の澱粉質のソバ粉をとって食料とする。この時に副産物として発生するのがソバがらである。

ソバがらの組成(財団法人日本食料分析センター分析試験成績より)
成 分
水 分 11.2%
粗タンパク 3.4%
粗脂肪 0.6%
粗繊維 45.6%
粗灰分 2.1%
可溶性無窒素物 37.1%
リ ン 45.6mg(mg/100g中)
カルシュウム 152.0mg(mg/100g中)
硝酸態窒素 1.4mg(mg/100g中)

●ソバがらの湾曲性
ソバがらの細胞四層の中でも外果皮は細長く網目で、吸湿し易く、細胞の配列が左右対称であり、先端部分には細胞が少ない構造なので吸湿によって特徴のある湾曲ができ、殻の間の通気性が増大をする。これは古いソバがらでもあるが、新しいものほど大きい。
●ソバがらの温度と体積の変化
圧力が一定であっても、温度が上がると体積は増加し、下がると体積は減少する。
ソバがらは含水量が増加すると共に熱伝導度は増加するなど、枕の詰め物としては好適な特性をもっている。
77.枕と頭部皮膚温の変化(熱伝導性)・・・
室温20℃前後の部屋で枕を使った時に、枕と頚部皮膚温および額部皮膚温の変化についての宇山久氏の実験報告によると、ソバがら枕では額部皮膚温は30分ほどの間に1℃ほどが徐々に下がる。その後は大きな変化がなく経過する。項部皮膚温は数分の間に0.4℃ほど上昇した後は大きな変化はなく経過する。頚部皮膚温は額部皮膚温より高い。
陶枕では額の皮膚温はほとんど変化はない。頚部皮膚温は数分の間に1.1℃ほど下降するがその後は大きな変化はない。頚部皮膚温は額の皮膚温より低く経過する。
籐枕では額部・頚部の皮膚温とも初めはやや上昇のあと徐々に下降して安定する。頚部皮膚温は額部皮膚温よりも低く経過する。
水枕では額部皮膚温は数分にして0.3℃ほど下降するがその後の変化はほとんどない。頚部皮膚温は3.3℃ほどと著しく下がるが、40分ほどで安定する。頚部皮膚温は額部皮膚温より低く経過する。
78.「枕を高くする」と安眠はできない・・・
辞典によると「枕を高くする」とは高枕で眠る、安心して眠る、安心するなどとあるが、これは中国での故事「項王今咸陽に入って枕を高く食を安くする」の由来からである。日本でも戦国時代には不意の敵襲に備えて地面に耳をつけたり、更に遠くからの音が聞こえるようにと、えびら(矢を入れる筒)を枕として寝たりした。戦いが終わり敵襲の心配がなくなると、平常のように枕をして眠ることができたので、地面から枕の使用への変化がこのような言葉を表わしたものと思われる。
高すぎる枕は眠りを妨げることが多い。江戸時代の男性には髷があり女性は更に大きい日本髪があって高い枕が普及していた時代でも「寿命三寸楽四寸」(守貞漫稿)とあるように健康で長生きするためには三寸(約九?)の方がよいとしている。九?でも現代では高い枕の部類に入る。眠りのための程よい枕の高さには昔からいろいろな言い伝えがある。握りこぶしの高さ、親指の高さ、小指の高さなどである。また学者の研究では6〜8?がよいとの報告もあるし、他の研究者によると最近の日本人の体型の変化から見て更に低い方がよいとの説もある。
頚椎前湾の角度は枕がない時と比べると高い枕になるほど消失するし、胸椎後湾角度は高い枕ほど増大する。更に僧帽筋が伸び、胸鎖乳突筋は収縮するのでリラックスした状態とはならない。頚部は狭い部分に頚椎・気管・筋・動静脈・神経などが集中するところであり、全身への影響も大きいので適正でないと肩や頚のこり、不眠、いびき、頚椎症などさまざまな疾患の原因となる。これらは高すぎる枕に多い。
枕の高さは体型、寝姿、習慣などの個人差と共に、使用中の敷ぶとん、マットレス、ベットなどの弾性の強弱、沈み方の大小に影響されるので正確な高さは一人一人が異なるものである。従って一個の枕ですべての人に満足させることはできない。
筆者が札幌市および近郊在住の成人を対象として、使用中の枕のアンケート調査(男性359名、女性295名)の回答では、5〜6?をちょうどよいとしたものは60.8%、3〜9?の範囲では70.6%であった。傾向として女性は男性より低く、若年層は高年齢層より低いようである。
79.ホテルでシングルベッドに枕が二つ・・・
ホテルに泊まって、シングルベッドなのに枕が二つの時がある。ホテルがシングルベッドに二人泊めることはないから何か使い道があるのだろうと思いながらベットの中で本を読んだり、テレビを見たりする時に背に当てて使っていた。昔西洋の貴族が人と合ったり書類を見たりするのにベッドの中で背もたれの枕をしたと読んだことがある。
理由はベッドの下に護衛の兵士を睡眠中に潜ませていたからということであった。そのころのの名残りでアクセサリーとして置いてあるのかと思い、むだなことと思いながら寝る時には一個は床上に置いたものである。二つ並べてはじゃまになるし重ねては高すぎるし足元に置いては重く感じて気がかりだからである。
その後あるホテルから寝具について相談があって分かったことだが、宿泊客には高い枕の好きな人、低い枕がよい人、柔らかい枕、固い枕、ソバがら枕などさまざまな人がいる。このようなことへの対策として予め数種類の枕を準備したい、収容人員は300名、客層などからどのような種類とどのくらいの割に準備すべきかということであった。
その時の話で「高い枕を好む人のために二つ置いてあるので不要の時にはクローゼットにでもしまってもらう」との話であった。昭和50年ころのことである。

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